世界無名戦士廟:俺の小旅行

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小旅行への誘い

自分に自信がなくなった時があると、俺は小旅行に出かける。当然独りでだ。本当に、最寄りの駅からふらっと北か南かどっちかに向かうだけのことだ。それでも、自信のない俺だから、俺の小さなリュックにはそれなりの荷物を詰め込んでしまう。季節によって入れるモノは違ってくるが、絶対に不変なモノがある。それは焚火台だ。コンパクトにしまえる重さ100グラムのステンレス製の焚火台だ。これだけは欠かせない。

自分の家からそれほど遠くないところにも意外と自然は多いものだ。旅行と言えば、遠くへ行くことが旅のように思っている人が多いが、日帰りで帰れる近場に、自分の知らない素敵なところがあるのだ。そして、可能な限り、自分に自信がなくなったときの小旅行は事前に予定を立てないことが重要だ。その場限りの刹那な判断で知らない場所に辿り着く。自分に自信がなくなるくらいに弱っているのなら家にいろという考えもあるのだろうが、少し家を出れるパワーがあるのなら、刹那にその場しのぎで足を駅に向けるのである。人間っていうのは不思議なもので、こういう弱気な時は何故か北を目指すんだな。明るいような光の溢れる南に向かうんではなくね。だが、それも刹那な動きで良いじゃないか。それが俺の小旅行。

小旅行に行くときには、頭の中で、常にひとつのことだけはいつも点灯している。それは、炎を見たいということだけなのだが。これが大事。これこそが俺の前に向かう心のボンファイアーなのである。辿り着くその先の場所に、炎を焚けるところがあれば良いのだ。火の炎をみることや手をかざすことで、自分の中の何かが変わることを何故か昔から知っている。自分の中の何かがモヤモヤしたときには、それがちょっとした救いになるのだ。マジで。

本日の小旅行:越生に行く

俺は電車に乗った。終点まで向かう。本川越の駅だ。そこで俺は小江戸川越の通りに歩く。観光客が多い。平日なのに。少し歩くと、嫌気がさしてくる。こんな通りは避けて、こんな人混みの街は離れて、人通りの少ないところに行かなくてはならない。俺は東武東上線の川越市駅に向かう。大きな街の駅なのに何故か寂しい感じのする駅だ。驚き。乗る人も降りる人も少ない。駅の周りには大きな店もない。俺は取敢えず坂戸に向かうことにした。坂戸駅に東武生越線があるからだ。俺は越生という駅に向かうことに決めた。今日の最終目標地だ。当然、行ったことも降りたこともない。坂戸駅の生越線の列車は5両程度の小さな電車だ。だが、乗客に若者が多い。それは、途中の駅に高校か大学があったからのようだ。

越生に着いた。降りる客はまばら。プラットホームにこんな名所案内の看板があった。

生越駅プラットホーム内名所案内看板

世界無名戦士廟とは?

世界無名戦士廟??何?これは?俺の五感に訴えてくるものがある。俺は、この「世界無名戦士廟」に行く必要があるな。どう考えても。そして、当然ながら、スマホのネットは見ない。全てを純粋に何の情報もなく足で辿り着き感じることが大事なのだ。それこそが刹那だ。

駅前に人はいない。タクシーが数台止まっているだけだ。天気は良い。だが、少し風は寒い。午後の山の冷気がある。俺は、その場所に向かうことにする。駅から既に上りの道になっている。俺は白い砂利に覆われた大きな法恩寺という寺院を抜け、山道に入る。

法恩寺境内

そこにあるのは、とても透き通った木洩れ日と鳥のさえずる鳴き声だ。耳に心地よい。だが、如何せん、思った以上に長い山道の登りだ。結構、息が弾む。というか、息が切れる。ゼエゼエ。きついぜ、これは思った以上に。だが、嬉しい。人はいない。空気はきれい。そして、多分、たどり着いた先にあるであろう無名戦士廟。何なんだろう。それは。なんで山の上に。だれが何のために立てたのか?疑問が頭の中を巡る。不思議だ。

世界無名戦士廟に向かう山道

それにしても、山道の途中にある道標の世界無名戦士廟へのメートル数は登れば登るほどに増えているような気がするが、どういうこっちゃ。辿り着かんぞ。全く。そうこうするうちに、道は開け、ようやく、『世界無名戦士廟』の下に俺は到着したのであった。

そこにあるのは、長い長い階段なのであった。む、む、む、映える。バえる。これはまさに、天空にある城が如き廟へ向かう回廊であろうか。

む、む、む。北斗の拳のユリアが幽閉されている城か。そこは。(バカだね俺)

世界無名戦士廟に至る階段の手前

俺は一歩ずつ、ユリアに逢うべく、ラオウと闘うべく、階段を上がっていく。そんな気持ちになるぜよ。これは。そして、階段を登り切った先にあったものは。

なんだ、これは。大きな廟がドシーンと構えていたのであった。それも白い壁のように。

す、素敵だ。俺は、汗もぬぐわずに、見つめた。静かだ。そして、厳かだ。俺は来たんだ。ここに。今日、何の予定もなく突然に。今日、俺は、巡り合うべくして、この『世界無名戦士廟』に辿り着くことになっていたのだ。これは、どういう予兆なのか。そういう縁(えにし)を勝手に感じてしまう俺なのであった・・。だが、素敵な建築物であることは間違いない。こんな出会いがあるからこそ、小旅行はやめられない。

世界無名戦士廟前景

俺は、今、幸せだった。何故か。無性に。独りでの静かな旅で突然出会える驚きの何か。俺は今この建物の存在する意味や意義を知らない。何の情報もない。だが、目の前に建っているこの建造物に、その意味を自分なりに感じてしまう。そして、その廟は俺に良く来たなと言っているようであった。こういうことなんだよ。大事なことは。情報が多すぎる世界で、無垢にそのままそのものを見つめられる時間のあることの幸せ。俺の勝手な解釈になろうが、そんなのは構わない。要は、心に感動が来るか否か、だ。そして、俺は、何故か、今、感動しているぜ。

ネット情報

俺は山から下りて生越駅に向かった。その駅の手前にある「町の案内書兼土産物売り場」で、この「世界無名戦士廟」の由来を尋ねる。そのそれなりの年齢の女性はこう言ったのだ。街の医者が越生の町のために呼びかけ寄付を募り製作したものらしいと。彼女も本当の由来を良く知らないようであった。そういうもんなのかもしれないな。町の人も知らない。

そこで、ネットで調べてみた。

世界無名戦士之墓(せかいむめいせんしのはか)/越生町ホームページ
越生町のホームページです。

Wikipediaには、こうある。

元埼玉県議会副議長、長谷部秀邦を中心に建設運動が起こり、1955年(昭和30年)に完成。264人の戦死した無名戦士の墓として遺骨が納められ、さらに世界60余か国の251万の戦死者を安置している。現在の千鳥ケ淵戦没者墓苑に該当する施設とするべく誘致運動もあった。広報や施設の管理などは「一般財団法人世界無名戦士之墓顕彰会」が担っている

Wikipedia

とても、尊い貴重な歴史的な本当の戦死者のための墓であったのです。合掌。

*なお、この後の俺の焚火については、別途、後日に、記載をしますね。

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