食事とハードボイルド

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ハードボイルド

人間にとって、一番大事なのは食事だ。そして、それは、ハードボイルドの探偵にとっても、同様だ。その有り様について、前回のコーヒーとハードボイルドの関係の記事のように、レイモンド・チャンドラー殿のフィリップ・マーロウに託して、書いてみることにしようではないか。ハードボイルドの男の食事に今回は、焦点を当てて、みてみよう。何がわかるかな?

かわいい女

ハードボイルドの探偵は、まずく忙しい食事をするようだ。そして、ひとしきり、悪態をつくのだ。何故なら、その一日が結構タフでハードで、それなりに心が渇いてしまうからに違いない。

私はサウザンド・オークスの近くで晩飯を食べた。まずい、忙しい食事だった。食べたら、すぐ、出て行ってもらおう。商売が忙しいんだ。コーヒーを二杯も飲まれちゃあ、かないませんね。待っているお客がいるんですぜ。なぜ、みんな、ここで食事をするのであろう。家庭で食べればいいではないか。君と同じことさ。食い物屋を牛耳っている親分に、うまい汁を吸われているんだ。また、始まったな。今夜はどうかしてるぞ。マーロウ。

かわいい女 清水俊二訳引用

マーロウの食べ物の比喩はイイよな。本当に、どうしようもない食事にありついた感じだ。それなのに、うまいと感ずる疲れ切ったマーロウがいるのだ。ハードだぜ、本当に。

ドラッグストアのカウンターで、コーヒーを二杯と、水を乾したプールの底の隙間の魚の死骸のような模造ベーコンが二切れはさまっている練りチーズのサンドイッチを流し込む時間があった。私はどうかしていた。コーヒーもサンドイッチもうまかった。

かわいい女 清水俊二訳引用

コーン・ビーフ・ハッシュはコンビーフをジャッと炒めたもの。ハッシュとは肉を細かくするの意味。ハヤシ・ライスも同じ意味。ハッシュド・ライスの日本語系なのである。知ってた?

ドアがあいて、盆を持った給仕が入ってきた。コーン・ビーフ・ハッシュと熱いけれども薄いコーヒーだった。

プレイバック

《プラ・デュ・ジュール》というのはミート・ローフ。ひき肉をのりのついたカラーで巻いたやつと、チャンドラーは小説の中で言う。

ボーイが料理を運んできて、テーブルに並べた。野菜、サラダ、ナプキンにつつまれたあたたかいロールパン。「コーヒーは?」私はあとでもらうといった。ゴーブルはすぐ持ってこいよといって、酒はまだなのかと詰問した。ボーイがすぐ持ってくるといったーのろのろ走る貨物列車で運ばれてくるようないいかただった。ゴーブルはミート・ローフを一口たべて、びっくりしたようだった。「こいつはうまい」と彼はいった。「こんなに客が少ないんじゃ、まずいに違いないと思ってた」

プレイバック 清水俊二訳引用

ロング・グッドバイ

ロング・グッドバイの最初。物語の中心人物であるテリー・レノックスと二人で食べる朝食の場面だ。朝は、やはり、カリカリに焼いたベーコンとスクランブルエッグは必須な感じがするね。ハードボイルドでなくても。

私はキッチンに行って、カナディアン・ベーコンとスクランブル・エッグとトーストとコーヒーを作った。キッチンについた朝食用の小さなテーブルで我々はそれを食べた。どの家にもそういうささやかな一角が儲けられていた。良き時代に作られた家屋なのだ。

ロング・グッドバイ 村上春樹訳 引用

男の食卓

レイモンド・チャンドラーの小説。フィリップ・マーロウの食事を追いかけていくと、男の食卓ってなものを考えざるを得ない。今の時代、食通やグルメが必要以上に存在し、俺からすれば、かなりメンドクサイが、男の食事はこんな感じで良いんじゃないかなと思っている。家庭人なら別だが。ハードでタフで皮肉屋の男には、シンプルで簡単に出来る定番の料理があれば良いのだ。そんな感じを強く感じたのである。ハードボイルドな男にはシンプルでクールで渇いたようなファストフードでも良いのだろう。

コメント

  1. td より:

    プラデュジュール plat du jour は日本語だったら「日替わり」メニューのことで、ミートローフはその日の「日替わりメニュー(定食)のメインおかず」だったのです。英語ではなくフランス語にしてるところが、そこらの食いもの屋よりうちはちょっと上だぞと言いつつ、ありがちなミートローフな辺り庶民的な感じ。晩飯がミートローフだと肉の塊に心躍ります。ハンバーグを個別に丸めず、パウンドケーキみたいな型に入れて焼いたのを厚くスライスして食うわけで、旨いとこのはほんと旨い。あー書いてて腹減った。

  2. td より:

    蛇足だけど、コーンドビーフハッシュ corned beef hash はコーンビーフと小さく角切りにしたジャガイモを炒め合わせたもので、調理済みのを缶詰にしてるのもあるけど、イモは自分でちゃんと切ったものを炒め合わせた方が断然旨い。
    それからカナディアンベーコン Canadian bacon はアメリカや日本のベーコンと違って、小さいハムみたいなんだよ。カリカリにはできんけど、小さくてもハムって感じでいけるので一回食べてみていただきたいです。たまにピッツァの具にもなってるよ。なぜかパイナップルとペアで。

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