ソラ:ショートショート

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ショートショート

誰もが、彼の良さを知っている。誰もが、彼を意識しないではいられない。

身長は1メートル80センチだろう。ほぼ。痩せているし、そこそこに日焼けもしている。

決して、イケメンというまでの整った顔でもない。だが、味もあるし、愛嬌もある。顔が小さかろう。そこは驚くところだ。横に並んで写真に写るのが恥ずかしいくらいだ。

声も若いのに低くて、そこが愛おしくなってしまう。電話での応対を聴いているだけで、癒される。言葉もハキハキしている。暗さがない。かと言って、明るいだけでもない。

何故、彼がこの信用金庫に入社することにしたのか、わからない。もっと、大手の一流企業でも、彼の大学と彼の容姿と雰囲気であれば、引く手あまたであったろうに。

というか、普通の就職でなく、俳優やモデルを目指してもよかろう程の存在なのだ。何故だ。色めきだったのは、若い未婚の女性社員だけではなかった。中堅のおばちゃん社員や派遣社員が噂に参戦してきた。

彼は本店の融資課に配属になったのだが、出先の支店からも一目見ようとする女性社員が多くいた。4月に出た社内報の新入社員紹介号の顔写真と自己紹介の一言が話題を呼んだのだ。

宇宙が大好きです。ただ、その一言だけ。自分の趣味や希望を宣べるわけでもなく、ただの一言。広報室も良くそのまま載せたなという感じである。が、それが少しロン毛の何故か白黒の顔写真にマッチして、女性社員に大受けしたのである。お堅い金融系企業にあって、何というか、一陣の爽やかな風が吹いたというか。

なるべく、構内のつまらない男共に気がつかれないように、彼のこの自己紹介のインプレッションは静かに水面下に、信用金庫の女性陣の心を捉えていったのであった。

いつの間にか、彼には愛称が作られていた。宇宙でソラ。中には、何故か、ケンタウロスと呼ぶ強者女子もいたが、いかんせん、半身半獣はないだろう。響きは良いが。そういうことで、陰では皆、彼はソラ君と呼ばれ、アイドルのように慕われていたのであった。

こういうことって、本当にあるのだろうか?あるのである。実際に。

「あれだけ、爽やかだったら、ステッデイの彼女はいるだろうに」とお局的独身ミドル姉さんは先生のような黒いボストン眼鏡を摘まんで、独り言ちた。

ソラ君と同期の新人女子のオカッパちゃんは、「いやあ、いないみたいですよ」と小さな声で答えたのかな。

「何故に?」と姉さん。周りの女性社員は私も含めて、耳がダンボ状態。まさに、大奥。

「宇宙のことがやはり優先事項みたいなんですよね。彼は」

人事部に配属されたエキゾチックなお顔の、こっちも新人の女子が付け加えた。

「なんと。今時、珍しい。稀人ではないか。美の出し惜しみじゃい。勿体なし」

姉さんはため息をついた。

そして、ソラ君に関する色々な話が出てくるのだ。

ソラ君は宇宙の話をしだすと、止まらないらしい。光に速さがあることととか。宇宙は地球と同じく92種類の化学元素で出来ているとか。本当に、楽しそうなのである。

宇宙物理学を専攻していたらしいことやお金のこともあるので信金に入社したらしいことや家族のことはあまり言わないらしいことや毎晩天体望遠鏡で星を見ているらしいことや可能なら信州とかアルプス山脈とかの空気の澄み切ったところに住みたいこととか。諸々のソラ君情報が集まってくるのであった。

「仕事はどうなのよ?」これがまた、出来るらしいのよ。そして、あの爽やかで素直そうな感じでしょ。取引先の会社の女性陣のファンも早速できたみたいよ。男性社員も一目は置いているみたいだし。

いるんだねぇ。芸能人以上に人気が集まってしまう一般ピープルが。そして、彼は周りがちやほやする風潮に全く無関心だ。自然に普通に仕事をしている。そこがあざとく、わざとではないのだ。信じられないが。

私は、こういう人を見たのも初めてだった。それで、自分もソラ君ウォッチャーとして、彼の生態を観察することに目覚めてしまった。

とにかく、こういう存在は不思議だし、魅力的だし、彼女がいないという辺りも胸のあたりをムクムクとくすぐるのである。

短所も見つけてみたい意地悪な気持ちもあったし、私だけしか知らないソラ君を発見もしてみたくなってしまっていた。

これが、ソラ君に関する最初のこと、だっだんだよね。

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