ポッド4:ショートショート

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ショートショート

長い時間をシラカミで過ごした。もう良いだろう。2年には満たないが、体も精神も知識も十分に500年前に自分は適合したようだ。ミューズの適合率検査でも、99%の高い数値を示している。ウィルスの付着もない。

そろそろ、下界に降りる頃であろう。まだシラカミの中でゆっくりできる時間はあったが、下界に降りることにした。

人に触れあうことになるが、それは想定の範囲内のことである。むしろ、東京に辿り着くまでの間に、更なる情報・知識の吸収の時間を取れることに喜びすら感じた。

パッキングを始めた。かなりのものを極小化できるので、リュック1つに、十分に生きていける装備は詰めることが出来た。自分の身分を証するためのマイナンバーカードも作成をした。

自分の名前もこの時代風に作成をした。この癒しの待期期間をくれたシラカミに敬意を表して、「白神時生」という名にした。この時代の言葉のシャレも入っており、自分で作成して自分でも気に入った。

東京まで歩こう。自分の脚では多分10日程度で行ける距離であるが、ゆっくりと向かうこととした。自動車という旧式の移動機械があることは判っていたが、今はやはり自分の足を完全化させておくことの方が優先事項であった。

松尾芭蕉か種田山頭火ってところだな。彼の知識は急速に増えていた。この二人のことも近頃勉強していたことだった。

念のため、ポッドは、地下に隠した。穴を空けるのに、爆薬を使ったが、鳥が数羽、飛んでいく以外は、静かなものだった。

考えてみれば、今まで、こんな時間を持ったことがあったろうか。本当に、静謐な時間を過ごせたことに、彼は感謝した。未来の世界では、地上の世界を汚染前に戻すのに大変だった。地下生活から地上生活に移っていく中で、色々なことが起こった。

地上に出て、植物や生物の生息する場所が発見されると、紛争に近い小競り合いが続いた。国という単位が無くなっても、ヒトは結局集団化していくものであった。地下生活の中で、優秀な技術を持つ集団が生き残り、力をつけていった。

古い古い昔の歴史にあるような、武器を使っての暴力に訴えて、国を発展させていくようなことはなかった。研究者がトップにある世界が新しい秩序だった。地球の地下の中に、幾つかの大きな研究集団が出来、そこの中に新しいヒトの集団体制が構築されていった。

研究集団は、地下という新しい場所で生きていくための必要なことを数多く構築していった。化学・物理・生物・生命などの研究が地下という空間において変容しながら、多くの研究成果を上げていった。

生きるために必要な栄養素の取り方、それほど拡張が出来ない地下空間の中での体や精神の鍛え方や、視覚に変わる脳内の仕組みの変性とか、少しずつ、色々な今までの地上の生き方に変わるモノを発見し進化させていった。

資源が限られていた。地中にある鉱石や地下燃料や水を有効に使い、地上生活に代替できるヒトに必要不可欠なものを生成していった。

発想の逆転が出来る人間達こそが、研究者達だったのだ。地上での戦争が続いていた頃、地上が多分使えなくなることを予知し、早期に地下生活に順応できるための研究を続けていたところが世界にはかなりあった。

その研究集団の幾つかが、ヒトの生き残りに、大きな力を与えてくれたのだ。

多くの発想の転換が、新しいパワーをヒトに与えた。パソコンと脳の連動。人造人間の構築。太陽に変わる光の生成。細胞に関する研究の進化。ミトコンドリアの生成。元素の変性。時間の概念の研究。言語から共通データへの移行。ありとあらゆることが変化していった。

そこには、昔地上にあったような自然の世界は少なかった。空気も酸素も二酸化炭素も構築していかなくてはならなかったのだ。自然という恩恵を捨ててしまったヒトが皮肉にも自然を人工的に構築する科学的な実験を続けていかなくてはならなかった。

なので、彼は、シラカミというこの場所における地上の自然との邂逅を心ゆくまで楽しんだ。正直、ミッションに従わずに、このまま、ここにずっといたかった。

だが、食料的栄養素にも減ってきているし、脳内の小ミューズがミッションを逸脱することを許してはくれなかった。早めることは許容しても。

ここに戻って来るまでに、どのくらいの時間が経つであろうか。どんなことが自分に起こってくるのであろうか。そして、どんな人と出会うだろうか。

ミッションの持つ本当の意味を知らされていない。まずは、とにかく、自分の遥か昔の祖先であろう人物に出会わなくてはならない。そこからしか、次には進めない。ミューズに言われなくても、分り切ったことなのである。残念だが。

彼であるこの時代の白神時生は、バリアを解除し、山を下り始めた。

靴音が、澄み渡った朝の樹々の間を駆け抜けていった。

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