独りもんであることを夢見る

エッセイ

まあ、独りもんだとさ。気儘だよな。何をしようがしなかろうが、俺のルールで生きていけられるからな。仕事は何をしているかって。そりゃぁ、あれだよ。個人事業主だよ。誰にも雇われてはいないわけだよな。駄文を売っているとか、ブログを書いているとか、とも違うか。その日、その日暮らしか、だから、手配師の指示通りに、肉体活動もすることもあったりするし、俺、まだ若いから、気持ちではな。友達のつてでアルバイトっていうのをすることもあったりするな。だが、これだって、俺は誰かに雇われている訳ではないぜ。俺を動かせるのはオレしかないわけよ。くどいけどな。

近頃は、投資家って言っても良いかもしれないな。川の近くで知り合った長髪で白髪で物知りの学者風の自由人のホッパーさんに教えてもらった草コインでいつの間にか儲けていたな。草コインってわかるかい?仮想通貨だよ。今じゃあれかい、暗号資産とか言うのかい?段々と名前がイヤラシクなっていってるな。世の中ってのは、変わり身が早いからな。それでも、俺は勝手に博士って呼んでいるけど、ホッパーさんから教えてもらったその草コインの1つに5万円程度入れたんだな。1コインが1円少しだったから、10万コイン近いものをパソコンの中に持っていたわけよ。それが今では、1コイン100円だぜ。あっという間に500万だよ。だからって、金に換えているわけでないぜ。ガチホだよ。しっかり持っている。まさに、仮想に保有しているだけだ。今換金なんかしたら、税金で凄い持っていかれるらしいしな。それじゃ、そういう予想がたてられる博士は凄い金持ちなんじゃないかって。博士は、自分では買いをしないんだよ。お金も持っていないしな。ただ、世の中のことを見て教えるのが好きなだけなんだよな。だから、川の近くの自分で建てた自称タイニーハウスに一人で住んで着の身着のままに生きているんだよ。それで幸せで楽しいっていうだから、いいんじゃないの。人の幸せの価値なんて、人それぞれだろ。多分。

ホリエモンもイーロン・マスクも家に固執していないじゃないか。まあ、確かに、絶対的な金持ちだけどな。だけど、世間の今まで言っていたような価値基準には色々と相反する行動を取っているのは間違いないな。これから何が流行っていくかとか、行動の新しい基準になっていくのか、とかを考える上では、こういうようなぶっ飛んだ頭の良い奴らの話にも耳を傾けることは必要なんだろうな。

だからって、俺は、家族を持つことの良さや人間関係を構築することの重要性を否定している訳じゃないぜ。それはそれで素晴らしいことだと思っているし、現に俺は昔家族を持っていたからな。何故今独りかと言われても困るけど、しがらみのない世界に少しでも長くいると、とてもそこが楽で幸せに思うこともあるのだろうな。あるから、ここに安住し始めているのかな。

じゃあ、俺には今彼女はいないってか?残念だな、それも裏切って。俺にも彼女や女の友だちもいるよ。だって、話を聞く限りは、おまえさんはブルーシーターに近いんじゃないかって。そう思っているのかい?それも残念だな。気持ちはホッパーで浮浪者だよ、常に。自由人でそこらじゅうを逍遥しているさ。でも、俺には戻り生活することも出来る家もあるし、日本のそこら中に安く泊まれる場所も持っているんだよ。だから、俺の仕事は日本のどこでも出来るように個人事業主なんだよ。何の仕事って言われても、沢山あり過ぎて限定できないけどな。

で、話が飛んだな。女の話だったよな。俺みたいにさ、自由気ままなホッパーはさ、色んなところに行くからさ、その土地土地で、それなりの仲間が出来たりして酒を飲んだりして、いつの間にか輪が出来て、友達が出来たりして、その中には女友達がいたりするんだよ。ハ、ハ、ハ。マドロスとか言ってたよな。昭和の時代かなんかに。波止場、波止場に女がいるぜっていう船乗りの話みたいだな。

まあ、そんなこんなで、女とも仲良くなり、女友達のまま長く付き合ったり、恋人関係になり喧嘩をして別れたり、色んな所を歩き回っているから、いつの間にか忘れたり忘れられなかったりで、寅さんみたいだな。でも、楽しいぜ。いろいな土地で色々な女友達と話をするのは特に。酒の飲める女だと、なおさら、話は面白いな。だから、俺、あの小説家の佐藤正午の本に出てくる津田伸一は大好きだぜ。俺をモデルにしてるんじゃないかとまで思ったこともあるもの。

ある程度さ、歳を取るとさ、面倒くさい男になっていくだろう。俺は、そこが逆に好きなんだよな。津田伸一だって、そうだろ。いろいろと拘るところが多くなって。そこがいいんだよな。そう思わないかい?やっぱり、面倒くさいか?

歳を取るとさ、40歳でも50歳の中年でもさ、どっかにさ、死を無意識でも自分の中にどうしても取り込んでくるのさ。そうすると、少しずつ、人生についてさ、どっかで冷めてみるようなところもあってさ。ちっちゃなことでも拘ることはあるような、ないような。そういうもんなんだよ。何を言ってるかわからないって。そこさ。それこそが俺たちの勝手な想いなのさ。

てなことで、俺は今でも独りもんの生活を夢見ているんだよ。根無し草のような生き方をな。バカだろうって思っているだろうな。でも、それでいいんだよ。人生は短いからな。宇宙の歴史の中で瞬きの一瞬だ。今まで、どういう束縛が俺にあったのかって。それはお前が自分のことを振り返れば、直ぐにわかるだろ?俺に聞くなよ。

そう言えば、原田知世。歳取ってもさ、いい感じだよな。恋愛も。なんていうの、自然体っていうか。独りで今まで生きてきたのも、なんか絵になるよな。これからは、結婚とか家族とか関係なく、独りもんでも、独りもんのまま、恋もして友達もそれなりにいて、コダワリは拘りのまま持ち続けて、自分の世界はそれなりに守って、好きなように生きていくっていうのも許してほしいよな。え、赦しているって、前から。そうかなぁ。そうじゃないような気がするんだけど。だって、あっという間だよ。きっと。足腰が立たなくなって、自分のこともわからなくなって、死にたいことすら忘れてしまうような時に至るのは。だとすると、やっぱり、独りもんの動けるうちの夢っていうのが絵になるよな。マジで。

寂しいって。さみしいって。それって、誰の価値観だい。よく言うじゃないかよ。沢山の人の中にいるほど孤独だってよ。アドレスホッパーに憧れるよな。アドレスという定住場所がなくて、常に転々とホッピングする男ってイイよな。そこに寂しさが付き纏うのかい。そうかなぁ。今流行りのミニマリストには、どうにもこうにも、そういうのが似合わない気がするけどな。だって、考えてみろよ。独りで生まれてきて、独りで死ぬんだから。最初も最後も。佐藤正午が小説で言っているだろう。正確には、小説の主人公の津田伸一が言わせただろう。「冷めないスープを君は想像できるか?」って。あたりまえなんだよ。独りでいるってことは。最終的には、人間の自然なことなんだよ。多分な。これも、歳を取って拘りが強いから、こう言ってしまうのかね。でも、それでいいじゃないか。駄目かい。面倒くさいかい。こういう考えも、面白いだろ。

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