雷に遭いに行く:ショートショート

ショートショート

俺は決めた。夏も真っ盛りなので、俺は決めた。決定的に決めてしまった。

雷に遭うことに決めたのだ。雷に遭いに行くのだ。

何故か。それには、こんなイキサツがある。

今日、テレビを久しぶりにつけて観てしまったのである。それは、星座占いだった。ちなみに、俺の星座はおとめ座だ。そう、バーゴだ。夏の暑い真夜中の12時に生まれ落ちたのだ。

その星座占いで、おとめ座の本日の予想は、最悪の12番であった。そして、アンラッキーな1日を逃れるためには、今までしたことのないようなことをすること。いつもの自分の生活パターンを一新しろというものであった。

なんとまあ、1日の占いなのに、大層な人生を変えるような防御指示であったのだ。

なんなんだ。この占いは。おとめ座の人間がアンラッキーを逃れるために、皆そんなことをするわけないだろ。

訳が分からんと思ったのではあるが、そう言えば、俺は、毎日判で押したような生活しか送っていない。変化がないのである。変化が嫌いというか、メンドクサイというか。

それで、このテレビを観てから、考えてしまったのである。そうだな。俺には変化が必要だな。毎日、毎日、何の変化もないクダラナイ時間の浪費をしているのは間違いない。今日が最低の日であるのなら、何かしなくてはならないな。

それで、会社に急遽電話をして、頭が痛いので本日は休みにすると連絡を入れた。そもそも、朝から天気は悪く、真っ黒い雲に覆われた空から、雨が降り始めていた。そして、それは途中から激しく降るようになっていたのだ。

そもそも天気が悪い。星座占いは最悪。睡眠もあまり取れなかった。まずは会社を積極的に休むってのは、俺の変化だな。でも、今までしたことのないようなことではないな。

今までしたことのないようなことって、何だろうかね。

そうこうするうちに、家の中が暗くなってきた。外が黒くなってきているのだ。かなりのゲリラ豪雨になるのかもしれない。いつもの8月の夏の最後にあるように。

突然、部屋が光った。そして、かなりの時間が経ってから、轟音がした。

雷だ。まだ、遠い。

突然、俺の頭の中が光ったのだ。雷のように。雷のお蔭でか。

そうか。俺は今まで雷を近くで観たことはないな。雷に近づいたこともないな。

そうか。これが、俺が今までしたことのないようなことなのかもしれないな。

俺は着替えた。雨なのだから、着替える必要もあまりないのだが、綺麗な服に着替えた。そして、ビームスのトラッドなレインコートも羽織った。

着替えながら、何故か、小さな頃、夏休みの午後小学校のプールでひと遊びした後、家の居間の畳の上でぐったりして昼寝をしていた時の安らぎを想い出していた。

今から危険に遭遇しようとしているのに、そんなことを思い出すなんて、不思議だった。

小さい頃からの願望だったのかな。

俺は、家の外に出た。風が結構舞っていた。雨は頬を容赦なく叩いてくる。

俺は俺の黒の愛車のクロスバイクに跨った。周りには誰もいなかった。

そして、断続的に音と光のする方向へ自転車を向けた。

誰もこんなことをしないだろうな。そして、今までの俺もそうだった。

ここは都会の街中にある場所。海からも山からも遠い。ビルもあるし、通りも狭い。避雷針はあるだろうし、雷が街中に落ちることはあまりない。

でも、俺は、多分、その時、こう思っていたのだ。俺に落ちるだろう。もしくは、俺の近くにまで、雷は来るだろうなと。

俺は、自転車を漕ぎ続けた。雨脚は激しくなり、雨風が顔に痛い。

雷の音は大きくなり、雷の光と音の感覚が少しづつ短くなってきた。

もう少しだ。もう少しで、お前に遭える。

途中、交番の紺の雨合羽姿の警官が俺に向かって、何かを言っているようだった。

無視して、自転車を俺は漕いだ。

体中濡れてびしょびしょになってきたが、俺は微笑んでいた。

死に近いところにしか、生き甲斐ってのはないのかもしれないね。もしかしたら。

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