ハードボイルド
ハードボイルドの詩人と言ったら、この人をおいて居ないだろう。
田村隆一。
なんてたって、彼は、早川書房からアガサ・クリスティ『三幕の殺人』の処女訳書を出していて、その版元であった早川書房に1953年より57年まで勤務、編集と翻訳にあたっていたわけでありますので。そうなのです。早川書房はなんてたって、多くのハードボイルド小説を出版しているところですからね。
田村隆一は、ハヤカワ書房でかなり多くの欧米の探偵小説や警察小説の翻訳・編集に携わっています。それも、彼の詩のハードボイルドさに一躍買っているような感じです。
とても、クールでハードボイルドな固いかたまりのような詩が多い。そして、いつも死が後ろにあって、皮膚や心を痛めつけている感じだ。
四千の日と夜
一篇の詩が生れるためには、
われわれは殺さなければならない
多くのものを殺さなければならない
多くの愛するものを射殺し、暗殺し、毒殺するのだ
見よ、
四千の日と夜の空から
一羽の小鳥のふるえる舌がほしいばかりに、
四千の夜の沈黙と四千の日の逆光線を
われわれは射殺した
聴け、
雨のふるあらゆる都市、溶鉱炉、
真夏の波止場と炭坑から
たったひとりの飢えた子供の涙がいるばかりに、
四千の日の愛と四千の夜の憐みを
われわれは暗殺した
記憶せよ、
われわれの眼に見えざるものを見、
われわれの耳に聴えざるものを聴く
一匹の野良犬の恐怖がほしいばかりに、
四千の夜の想像力と四千の日のつめたい記憶を
われわれは毒殺した
一篇の詩が生むためには、
われわれはいとしいものを殺さなければならない
これは死者を甦らせるただひとつの道であり、
われわれはその道を行かなければならない
再会
どこでお逢いしましたか
どこで どこでお逢いしましたか
死と仲のいいお友だち わたしの古いお友だち!
この都会の真昼
影という影は灰色の戸口のなかに消えてしまって
わたしたちの悩ましい記憶も都会の大きな幻影のなかに失われてしまって
あなたは想い出すことができない
わたしの微笑
わたしはどこかであなたに囁いたことがある
「苦悩は微笑する」
僕には死火山が見えます
僕には性的な都会の窓が見えます
僕には太陽のない秩序が見えます
わたしの手のなかで乾いて死んだ公園の午後
わたしの歯で砕かれた永遠の夏
わたしの乳房の下で眠っている地球の暗い部分
どこでお逢いしましたか どこで
僕は十七歳の少年でした
僕は都会の裏街を歩き廻ったものでした
驟雨!
僕は肩をたたかれて振り返る
「あなた 地球はザラザラしている!」
ハミングバード
現代詩人賞受賞詩集。『ハミングバード』。
小鳥の内部には 細長いクチバシの
小鳥が歌を歌っている
人間の内部には
人間がいない
靱帯解剖図のように
赤と緑の細い川が流れ
欲望と恐怖が駈けめぐり
白昼の影だけが人間の形をしていて
花がひらく 空中に停止したまま
小鳥からぬけだしたハミングバードが
花の密をめがけて急降下
世界一ちいさな声 ちいさな羽根を
ふるわせて
人間の皮膚をかぶった人間はただ眺めているだけ
荒地の恋
田村隆一。詩人。そして、男。
過去に5人の妻がいた。
そしてなお、詩人の北村太郎。
アルコール
田村隆一とアルコールは程よく調和している。
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