普通の随想って、エッセイのことかい

エッセイ
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何故に、エッセイ。

今日から、エッセイ風に、日頃の思ったことを徒然に書いてみることにした。別にネタが無くなったからではないのだ。何か、ブログに記事を書いていると、完結するまでに、ネットでその記事関係の情報や本などの資料を読み込んで、その上にというか、それの修飾的な記述を書いている気がしてきて、どうにもこうにも、ちょっとだけ窒息気味になったので、息抜きで、全くの無から記載というものに、気をひかれたのだよ。ホント。

遅咲きの人

ブログという文化を知ったのは、ちょうど、この1年くらいしかない。つまり、私は遅咲きの人なのである。表現するということは、それなりに自分の人生の中で、何故か、必然的におこなってきたのだが、こういう世界があることに自分は全く関係をしていなかったのである。そう、インターネットに遠い人であったのだ。仕事では、かなりのネット業務をしているし、パソコンやネット普及の流れに沿っていたつもりでいたが、周辺に自分はいたのであったのですよ。

自分のことを真剣に掘り起し始めたのが、このブログ世界を知ってからということで、ここに自分の好きなことやモノや世界を書いていくと、自分の棚卸しが結構出来てきて自分を整理できるようになってきたので、それはそれで、結構恩恵を受けているのであるのだ。つまり、俺は俺が好きで、人もきっと自分のことが好きで、自分のことを知ってもらいたいから、このブログなる文化世界があるのだと、ようやく分かり始めたのだね。

そして、今まで、どうも自分より大変上の世界にあるようなマスコミや出版社や政治とか偉い人のところが、そうでもないことに気がついてきたりしたのだよね。結構、近いところにいるんではないかい。ネットの世界の発展で、人の上下関係や世界の上下関係は変わってきているんではないかいとまで感じてきたこの頃なのであります。

つまるところ、人は自分の言いたいことを言っていける世界が、少なくとも、この日本にはあるということを知ったのが、実はこの1年で、やっぱり持って、私は遅咲きの人なのであります。

自分が好きな人

勝ってに、世の中は、きっと、自分が好きな人が多いのではないかと考える。そうしないと、生きていけない感じがするので。それは、健全なことではないかと楽観的に自分は今、考えることにしている。自分の書いたことや自分の意見にかなり問題があってもだ。

そこはそこで、自分が良しとすれば、周りの人がその記事を嫌いになっても、まあまあ、それは自分で自分が好きだから、腹をくくれるかなと。人はなんてたって、問題のある作品は嫌いだからね。

でも、自分が良ければ、社会を混乱させなければイイじゃんというのが、このブログの世界なんだろうか。いいね!って、実は、自分が好きだよという意思表示だったりして。

飛ぶ夢を見ない人

そういうことで、第1回目の随筆を終わる。なんだよ、これって、タダのブログ雑記じゃねえかと言われているだろう。だから、自分が好きで自分が良いからブログを書くんだいということで、お許しを頂きたい。

ちなみに、近頃、飛ぶ夢を見ない。というか、夢そのものを見ていない。もしくは、見たであろう夢を全く覚えていない、かもしれないが。スーパーマンのように飛ぶ夢を見たいのに、見れていない。もしかしたら、夢を見れていないのは、ブログを書いているせいかもしれないな、きっとと自分に自分で納得する飛ぶ夢を見ない人であったのである。

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