交錯する時:彼のショート・ショート①

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ショートショート

実験

若き俳優として横浜流星との双璧と考える伊藤健太郎も、クローズアップ。彼の仮想的ショート・ショートを作成していく。

今回のテーマは、ある女性と一瞬の出逢いを続ける男の子の話。とても短い話の中に、伊藤健太郎的な彼を登場させました。

交錯する時

彼が彼女を見かけたのは、その坂道を自転車でいつものように登っている時だった。勾配がきつくて、ペダルのギアを途中から二段下げたあたりで、彼女が歩道を降りてきたのを見つけた。というか、嫌でも目に入ってきた。

夜明け後の朝の5時に、都会の真ん中の坂道を歩いている女性はほとんどいない。そして、彼女は、朝日に映える夏の黄色のワンピースを着ていた。早歩きで降りてきた。だけど、とても気持ちの良い歩き方だった。多分、スポーツをしている。とても、引き締まった体をしている。でも、今日はそんな服装ではないのだ。

男の部屋から自分の家に帰るようにも見えない。かといって、会社に出かける時間としても早すぎる。そもそも、会社員としては若すぎるかもしれない。お酒を朝まで飲んだ後のようにも見えない。不思議だった。ショートめの髪が、朝陽に綺麗なオレンジ色で、反射した。

彼女が彼を見かけたのは、坂道を降りている時だった。この朝の早い時間に、自転車で坂道を颯爽と走る高校生のような男の子だった。競技用の自転車でなくクロスバイクに乗っている脚の細く長いことが、何よりも先に目に飛び込んできた。こんなに自転車に乗る姿の綺麗な人を彼女は久しぶりに見たと思った。

でも、学校に行くようなカバンも持たず制服も着ていないし、かといって、自分を鍛えているようにも見えない。自転車に乗っていることがただ楽しいようだった。可愛いと単純に感じた。スリムな白のボトムスと白のポロシャツが彼の後ろから照らす朝陽に輝いていた。

次に、彼が彼女を見かけたのも、同じ時間に、同じ坂道を自転車で走っていた時だ。夏の初めのはずなのに、結構な雨が降っていた。雨のせいか、ペダルは一段軽く下げただけだった。

いつもの朝の5時。雨で暗い。彼女は、ベージュの長袖のワンピースシャツを着て、小振りの黒の傘をさしていた。水で濡れている胸のあたりの膨らみに目がいった。傘の中から一瞬だけど、彼女の眼がこっちをのぞいた。気がつかれたと思い、咄嗟に下を向いた。これから、見つめることはできそうにもないな。でも、その眼はとても愛おしかった。

雨の中、二度目に彼を見かけたのは、同じ時間の同じ坂道だった。雨にずっしりと濡れた黒い短いレインコートに包まれた彼が自転車を漕いで坂道を登ってきていた。何故か、顔はフードに入れず、雨にさらしたままだった。息も上がっておらず平然としていた。

黒く少しだけ長い髪は、雨に濡れてオールバックになり、まるで、海から上がってきたサーファーのように、たなびいていた感じがあった。彼の程よく日に焼けている顔に似合っていた。雨が波しぶきのようだった。

彼がこちらに顔を向けた。とても、深い、でも、優しい瞳だった。そんな気がした。

でも、すぐに下を向いて、こっちなど関係ないように、私の横を通り越して行ってしまった。残念な気持ちが少しだけ残った。

三度目に彼が彼女を見かけたのは、夏の終わりの頃。とても空が青くて透き通っていた朝だった。

彼女は薄いピンクのパーカーと黒のレギンスで、坂道を走り降りてきていた。小さな口元から小さな吐息が聞こえてくるようだった。すらりとした足で軽くステップを踏んでいた。

この人の向こうにあるものはどんな世界なんだろうか?とても、自然体で素直でそのままな場所があるんだろうな。

三度目に彼女が彼を見かけたのは、夏なのにとても清々しい感じのある朝だった。空がやけに綺麗だった。

彼は、今日、真直ぐに私の方を見つめていてくれた。瞬間だけど。自分の勝手な思い込みかもしれないが。また、少しだけ髪が伸びたようだ。そして、はにかんだように笑ったような気もした。

彼の持っている世界って、どんな世界なんだろうか?どんな人達と彼は付き合っているのだろうか?

彼は、今日も同じ時間に同じように坂道を自転車で登り続けている。

彼女も、今日も同じ時間に同じように坂道を歩いて降りていっている。

ただ、それだけのこと。でも、多分、それ以上のこと。

写真集

ショート・ショートって、難しいですね。

それはともかく、早く、この長くてじめじめとした雨達が去ってくれると良いですね。

そろそろ、良いことを私たちや地球にくれても良いのではないですか?神様。

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