取調室

ショートショート

テレビや映画に出てくるような暗く狭い取調室に男はいた。だが、正直、何故、ここに自分がいるのか、よく判らない。ここ数日の記憶が消えているのだ。

無精ひげを生やした痩せぎすの中年男が机の前に座っていた。安物の暗い色をしたしわくちゃな背広を着ている。ワイシャツの襟も少し黄色がかりヨレていた。ネクタイもやはりいいようにくたびれていた。絵に描いたような刑事が目の前にいた。

刑事は無垢な目に一度もなったことがないような深く暗い疑いの眼差しで男を見つめながら、言った。「どうして、こんなことをしたんだよ」

ーン?こんなこと?

男は刑事が何を言っているのか皆目見当がつかなかった。

「黙秘なのかよ。もう2時間は過ぎているぞ。しかしだ。そろそろ話をしたらどうだ?何故、彼女を殺したんだ。それも、こんなに酷い方法で」

ー何?彼女?殺し?ェ?

どうにも理解できない話だ。彼女?俺には彼女などいない。だが、言葉が出ない。

「判ってるんだよ。周りからの情報でな。オマエがやったんだろう。どうしてだよ。金もあるし仕事も上手くいっているしこんなことをする意味がないじゃないか。何故、こんなことをしたんだよ」

ーㇵ?金もある?ェ?仕事?

俺は無職で金もないのに。何を言っているんだ。この刑事は。言葉にできたら良いのに。

「何故、喋らない。口が付いているんだろ。観念しろ。どうして、ここまでめった刺しにする必要があったんだよ。オマエ」

ーめった刺し?

俺は誰も殺していないし、血を見ただけで駄目なのに。人を刺すなんて、ありえない。叫びたい。嘘だと。大きな声で。

「まあ、イイや。今日もだんまりなんだな。じゃあ、ゆっくりしてろや」

その刑事は立ち上がり、書記をする男と一緒に部屋を出て行った。

この狭い取調室には、お決まりのガラスが側面にはめ込んである。多分、あちら側から覗いているのだろうな。男は、そう思った。なので、そちらを向くことはなかった。

しかし、言っていることがよくわからないし、心当たりが全くない。俺ではない話だ。だが、刑事の話をまとめると、俺に関係する女が俺に刺されて死に、その犯人が俺であるということらしい。何なんだ。これは。夢か。どうして、俺は喋らない?

取調室の隣、お決まりの鏡の向こうの部屋で、先ほどの刑事とその上司の管理官が話をしていた。

「どうだ。使えそうか。この男。何だか、心もとない感じがするが」

「何とかなるんではないですかね。こちらの言っていることに反応出来ない状況で、何が起こっているのか全く分からない状態ですね。だが、何らかの反論や反応を口にすることができません。薬が効いていると思います」

「そうか。だが、男の実態と全く違う人間に設定をしているが、それで大丈夫なのか?むしろ、男のそのままをベースに殺人の犯人にさせた方が良かったのではないか」

「いや、そんなことはありません。むしろ、この設定でストーリーの方が良いでしょう。現実もバーチャルも今に区分けがつかなくなりますから。少しはこいつにも幸せな世界があったようにさせてあげても良いでしょう」

「そこまで、今回の薬は凄いのか。それって、脳の記憶部分をソックリ変えてしまうということなんだな。簡単に言うと」

「そうですね。まあ、俺の方が取調べの中で、色々と話をして誘導していく必要もありますが。後はヤツが眠っているときに夢の中に入って操作するという作業もありますが。まあ、何とかなるでしょう」

「そうか。それは良かった。大スポンサーの会社の会長のたっての頼みだからな」

「しかし、まあ、ヤツも哀れですね。たまたま、殺害現場のそばにいただけの浮浪者。戸籍も売ってしまっていたのも良かった。会長のバカ息子のために、肩代わりするってのもな。世の中、金か」

管理官はにんまりと笑って、刑事の肩を叩き、部屋を出て行った。

出て行った尊大な上司を背中越しに見つめながら、刑事は独り言ちた。

「馬鹿めが。もうすぐお前もコイツと同じ状況になるんだよ。オマエのご立派な一人部屋の空調にこの薬を仕込んでおいたからな。大金を横領し暴力団とも繋がり愛人を持ち裏で非道なことをしている管理官様だ。この設定は面白いな。まるで映画のようだ」

それでも、こういうことをしているヤツが上の上にいるこの警察組織っていうのも末恐ろしいな。明日は我が身だ。身の回りに相当注意を払わないと身代わりにされてしまう。特に俺はこの実行犯だからな。

2つの身代わり犯人を仕立て上げるという手の込んだストーリー。科学の力が人間の意識をここまで変えてしまうなんて。信じられないが、彼らは残念だが、自分のしたことといつの間にか確信しそのような人間になり、自白する。そして、本来の犯人達が持っている本当の証拠を彼らの近くにばら撒くだけの話だ。

刑事は身震いして、目を閉じ、煙草に火をつけた。

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