吉原幸子:ハードボイルド詩集館

吉原幸子。ビジュアル的にも、美しかった詩人。その詩の素晴らしいこと。女性のための詩。

次のブログのレビューが吉原幸子を的確に捉えていると思う。

こんなにかっこいい女性詩人が今いるだろうか?『吉原幸子詩集』 | 本がすき。
『吉原幸子詩集』思潮社 吉原幸子/著 そのときどきで、胸に刺さる詩が変わる スラリとした細身で、とびきり美人。東大卒業後女優を経て詩を本格的に書き始める。スペックがいちいち刺激的な吉原幸子は、昭和40年代から平成の始めまで、女性のための詩作表現に尽力した詩人である。結婚歴はあるが、レズビアンでもある(明言はしていないが...

強くて孤独で、勇ましくて繊細。同じ“弱っている”ときでも、少々元気がないときは、ぽんと背中をおしてくれるような強くて優しい詩に。ものすごく落ち込んでいるときは、絶望的に深い闇の底からじっと天上のかすかな光を見つめながら嘆く、哀しい詩に。

ふと

なにか とてもだいじなことばを

憶(おも)ひだしかけてゐたのに

視界の左すみで

白い芍薬(しゃくやく)の花が

急に 耐へきれないやうに

無惨な 散りかたをしたので

ふり向いて

花びらといっしょに

そのまま ことばは 行ってしまった

いつも こんなふうに

だいじなものは 去っていく

愛だとか

うつくしい瞬間(とき)だとか

何の秘密も 明かさぬままに

さうして そこらぢゅうに

スパイがゐるので

わたしはまた 暗号をつくりはじめる

ことばたちの なきがらをかくして

無題(ナンセンス)

風 吹いてゐる
木 立ってゐる
ああ こんなよる 立ってゐるのね 木

風 吹いてゐる 木 立ってゐる 音がする

よふけの ひとりの 浴室の
せっけんの泡 かにみたいに吐き出す にがいあそび
ぬるいお湯

なめくぢ 匍ってゐる
浴室の ぬれたタイルを
ああ こんな夜 匍ってゐるのね なめくぢ

おまへに塩をかけてやる
するとおまへは ゐなくなるくせに そこにゐる

    おそろしさとは
  ゐることかしら
  ゐないことかしら

また 春が来て また風が吹いてゐるのに

わたしはなめくぢの塩づけ わたしはゐない
どこにも ゐない

わたしはきっと せっけんの泡に埋れて 流れてしまったの

ああ こんなよる

日没

   雲が沈む
   そばにゐてほしい

   鳥が燃える
   そばにゐてほしい

   海が逃げる
   そばにゐてほしい

   もうぢき
   何もかもがひとつになる

     指がなぞる
     匂はない時間のなかで
     死がふるへる

   蟻が眠る
   そばにゐてほしい

   風がつまづく
   そばにゐてほしい

   もうぢき
   夢が終わる

   何もかもが
   黙る

初恋

ふたりきりの教室に 遠いチンドン屋

黒板によりかかって 窓をみてゐた

女の子と もうひとりの女の子

おなじ夢への さびしい共犯

ひとりはいま ちがふ夢の 窓をみてゐる

ひとりは もうひとりのうしろ姿をみてゐる

ほほゑみだけは ゆるせなかった

おとなになるなんて つまらないこと

ひとりが いたづらっ子に キスを盗まれた

いたづらっ子は そっぽをむいてわらった

いたづらっ子は それから いぢめっ子になった

けふは歯をむいて「キミ ヤセタナ」といった

それでひとりは 黒板に書く

オコラナイノデスカ ナクダケデスカ

ひとりはだまって ほほゑみながら

二つの「カ」の字を 消してみせた

うすい昼に チンドン屋のへたくそラッパ 急に高まる

誰も 何も知っちゃゐないのさ
おいしい空気をたべよう
ひとりを かんでたべよう
 
朝は にぎやかな声のする方へ
みんなのゐる方へ 行ってしまふ
わたしが朝を盗みにゆくと
みんなは気がるに 投げてよこす
たいせつに持ってかへって あけてみると
朝は 掌(て)のなかで 真っ黒になってゐる
こんな手品ばかり
わたしはわたしにやってみせる かぐや姫
 
夜にのこって 何からも遠い
犬も 山鳩も 啼かなくなってしまった
 
みんな
みんな
眠ってゐたり わらってゐたりするみんな
泣きたくなる
ささやかな 窓々のあかり
眠ってゐる こどもたち
だけが 倖せだ どうか
倖せであるやうに
 
中華料理やで さっきわらってゐた男たち
わたしは遠い

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