今回のショートショートは、ジャクソン・ブラウンの曲と横浜流星のイメージとが交錯するような世界。深夜の都会の中の隠れたバー。女との会話。それだけの設定。
Of Missing Persons
ーどうしていたの?今まで。
え?
バーの店内の照明は暗く、声が、壁に沁み込んでいく。
低い音で、ジャクソン・ブラウンの「Sleep’s Dark and Silent Gate」が流れていた。
知らない女(ひと)だった。
ー忘れたの?
え?
あ、はい。どうも事情が呑み込めなくて。お話の。
彼女の前には、注文されたバーボンのロックのブライトンがそのまま残っている。グラスの表面に水滴がついたまま。
ー随分と探したのよ。私。
ーこんな都会の中の奥まった先にある小さなビルの上にあるなんて。わかりにくいわよね。
彼女は美しかったし、若かった。でも、声は落ち着いていた。上品な服を着ていたし、ネックレスにも気品があった。
本当に、わからないのです。お客様のことが。申し訳ないのですが。
ーそういう答えが返ってくるなんて、思いもよらなかったわ。
ーでも、そういうことも許してしまいそうなオールドファッションな素敵なお店ね。
はあ。手持ち無沙汰に、グラスを磨いていた。
ー本当に、私のことがわからないの。
はい。
ー2年も経ったのよ。貴方がいなくなってから。
・・・・。
ー事故にでもあったの?記憶がなくなるような。
いえ。全く、そんなことはありません。2年前も、ここで、同じようにこの商売をしておりました。
ーそれは嘘ね。実際に、今、ここに、貴方がいるわ。
ええ、ですから。私はずっと、ここで、同じこの仕事をしておりました。
ー何故、逃げる必要があったの?
・・・・。
ー何も悪いことはしていないし。お金も私が返したし。
お客様。本当に、仰っていることが理解できません。
彼女はようやくブラントンに口をつけた。グラスの縁に赤いルージュが残った。
ーそうか。こういう方法もあるのか。役者だわね。考えもつかなかったわ。
え?どういうことでしょうか?
ー頭の良い貴方のことだけど。こんな態度をするなんて、考えもしなかったわ。
・・・・。もしかしたら、私に瓜二つの人がいて、その方を探しているのでは?
ーそんなことはないわ。貴方の喋り方も仕種も立ち振る舞いも全て、あの頃の貴方に間違いがないから。
お客様。誠に申し訳ございませんが、本当に、あなたのことは知らないのです。
ー貴方の体のことを私は良く知っているから、体を合わせれば、すぐにわかるわ。
滅相もありません。グラスが空いたようですが、何かお飲みになりますか?
ーダイキリを頂戴。
今では、ジャクソン・ブラウンの「Of Missing Persons」がかかっていた。
ーまあ、いいわ。これから、いつでも会えるわ。
女は、店を出て、メールを打った。
「確かに。間違いなく。とても優秀な素材です。」
座長、お元気でしょうか。貴方はMissing Personには、なり得ない。そこの場所がどんなに暗くて静かな場所だとしても。待っています。
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