谷川俊太郎恋愛詩②:ハードボイルド詩集館

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接吻の時

きみは何を考えてるんだ

目をつむり

鼻をかすかにふくらませて

きみは何を考えてるんだ

ぼくのこと

それとも自分のこと

それとももっと他のこと

ぼくらの上に陽は輝き

ぼくらのまわりに

人々のざわめきがきこえる

だけどぼくらは

大昔のミイラのように抱きあって

それで幸せをつかむ気でいる

ひたいに汗をかき

眉をしかめて

きみは何を考えているんだ

未来のこと

それとも今のこと

それとも何も考えていないか

ぼくらの上に夜が来て

ぼくらのまわりに

死者たちのうめきがきこえる

だけどぼくらは

真夏のつるのようにからみあって

それで愛をつかまえる気でいる

きみは何を考えているんだ

きみはぼくが何を考えているんだろうと

一度でも考えたことはあるのだろうか

あのひとが来て

あのひとが来て

長くて短い夢のような一日が始まった

あのひとの手に触れて

あのひとの頬に触れて

あのひとの目をのぞきこんで

あのひとの胸に手を置いた

そのあとのことは覚えていない

外は雨で一本の木が濡れそぼって立っていた

あの木は私たちより長生きする

そう思ったら突然いま自分がどんなに幸せか分かった

あのひとはいつかいなくなる

私も私の大切な友人たちもいつかいなくなる

でもあの木はいなくならない

木の下の石ころも土もいなくならない

夜になって雨が上がり星が瞬き始めた

時間は永遠の娘 歓びは哀しみの息子

あのひとのかたわらでいつまでも終わらない音楽を聞いた

贈物

おまえの長い形のいい頸に

俺は四季を飾りたい

花の色 空の色 雪の色を

おまえの肌のいつまでも喜ぶように

おまえの深く暖い胸に

俺は海を飾りたい

時に暗く 時に輝き

海は溺れ俺は救われる

おまえの強くしなやかな足首に

俺は風を飾りたい

疾く生き

思い出のおまえを疲らせることのないように

おまえの短剣のような唇に

俺は何も飾りたくない

それは俺のための賢い武器

俺の血で飾るべきものだから

おまえのみはった二つの眼に

俺は月と陽とを飾りたい

世界の大きな誘惑を

俺たちの夜と昼とのため

そうしておまえの心と

やさしいおまえの肉体は

互いに飾りあうだろう

それらはいつか同じものだから

おまえの俺に接吻する時

おまえの胸は俺の胸にいつまでも聞こえている

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